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2006年6月 9日 (金)

「日銀はだれのものか」

1998年4月から、2002年3月まで、日銀の審議委員(日銀の最高意思決定機関である政策委員会のメンバー)を務められた中原伸之さんが、中央公論新社から「日銀はだれのものか」という題の本を出版されました。中原さんが以前社長をされていた会社に勤務していた私としては、早速購入し、じっくりと拝読させていただきました。僭越ながら、私の感想を以下にまとめてみたいと思います。

本書は、第1章から第6章までが、日銀の政策委員会がどのようにして金融政策の舵取りをしていたかの回顧録。第7章が、現在の原油高の背景と今後の見通し。そして、最終章である第8章が日本経済の今後の見通しと日銀のさらなる改革提言という構成になっています。

日銀の回顧録の最初の部分では、新日銀法の下で、審議委員に就任するまでの経緯が紹介されています。私には、この新しい責務を全力を尽くして全うしていこうという、中原さんの意気込み、いわば「血沸き、肉踊る」感覚が強く伝わってきました。政策提言のため、大学の著名な教授、第一線で活躍しているエコノミスト、財界人(楽天の三木谷社長など若手も含む)などからなる、複数の勉強会を立ち上げられたことからも、その意気込みの程がわかります。

このような勉強会を通じて形成された景気判断は、後で振り返って見ると、正しいものでした。しかし、中原さんと速水総裁や他の委員との認識は、必ずしも合致せず、ただ一人反対意見を述べ、辛い経験を数多くされたことがうかがえます。特にゼロ金利政策の導入、および解除のタイミングについての対立は、かなり激しいものがありました。しかし、後になって振り返ってみますと、多数派の景気判断は誤っていたことがわかります。

また、日銀の金融政策に対しては、政府も大きな関心を寄せています。当時の小渕首相をはじめとする有力な政治家の方々と、積極的に意見交換をされていたことが、本書を通じて理解できます。

中原さんが、政策委員のメンバーを務められていた時期は、金融機関の破綻が相次ぎ、日本経済が危機的な状況を迎えていた時期でした。そうした状況に対応するには、金利を下げるだけでは不十分で、量的緩和政策が必要であるという提言をされています。具体的方法については、日本のみならず、海外の著名なエコノミストや中央銀行のメンバーと意見交換をして、具体案を煮つめていきます。当初、日銀はこの量的緩和策に非常に強い抵抗を示していました。しかし、ご承知のとおり、最終的には日銀は金利から量的緩和策に、金融政策の手段をシフトさせることとなりました。

日銀の金融政策がどのようにして決定されるのか、本書では実名をあげてそのプロセスを詳しく描写しています。金融政策に興味のある方にとっては、どんどん引き込まれる内容と思います。そして、日銀が現在も抱えている問題についての理解も深まることでしょう。

金融政策についてそれほど関心がない方にとっては、第7章と第8章の原油価格や日本経済の見方の分析が、大いに参考になるのではないかと感じました。

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